名訳です
★★★★★
あまたある「アッシャー家の崩壊」の邦訳中、八木敏雄氏による本書のものが最良と思う。
冒頭の一文、「雲海は重く低く空に垂れこめ、ひと日、ひねもす、けだるく、日の光とてなく、ひっそりとひそまり返った或る秋の日」(以下略)は、ポーの原文が頭韻を踏んでいることに照応している('During the whole of a dull, dark, and soundless day in the autumn of the year')。
そうした技巧を感じさせないほどによどみなく、まさに名訳というにふさわしい。
また、多彩な作品をさまざまの文体で訳し分けていることも好ましい。
「メッツェンガーシュタイン」なら、「さような仕儀なら、それがしども、あの馬をご当家の若様のおんまえにお連れ申すような不調法はいたしませぬ」といった調子で楽しめる。