私も行きたい、私のティンブクトゥ。
★★★★☆
客観的に見れば、決してベストな飼い主ではなかった破滅型吟遊詩人ウィリーのことを、丸ごと受けとめて愛した犬、ミスター・ボーンズ。そのせいで、ウィリーのあとに現れたベターな飼い主たちに、いまいちフィットしきれなかった哀しさ。空想の中ではこれほど自由で雄弁なのに、うっかり犬に生まれたばっかりに、毛皮の牢獄に幽閉されていたミスター・ボーンズも、とうとうウィリーが一足先に旅立っていった桃源郷へと足をむける。ティンブクトゥは、ミスター・ボーンズにとって、ウィリーがいるからこそのパラダイスで、そこがどんなところか?なんてことは、意味がないのだ。なんたる愛。幸せになれよ、ミスター・ボーンズ!
犬好きにはたまらなく切ない御伽話
★★★★★
オースター・ファンで尚且つ犬好きの僕は、装丁見ただけでやられてしまいました。ただ内容としては、オースターらしい厳しいストーリーではあるんですよね。若い頃の作者のように、文学を志しながらも貧乏でみじめったらしくイカれた若者の救いようのない人生。そんな飼い主に死に別れてからもスピリットの世界で交感し続ける老いた飼い犬。。
表題のテンブクトゥはアフリカのマリに遺跡として残っている貿易都市ですが、ヨーロッパ人からは遠い黄金郷として語られた場所です。少し違いますが、西方浄土のようなイメージで読んで良いと思いますが、そう考えると余計ラストが切ないですね。
期待通りの温かな作品
★★★★★
オースター氏の作品で、柴田さんの訳であれば、間違いないとは思いましたが、3時間程で一気読みしてしまい、後に温かな気持ちになりました。
本っていいなぁ、小説って素晴らしいなぁ、この作品に出会えて良かったと思いました。
小汚い犬に路上生活者の男、という社会の外れ者をこれほど温かく書けるのはオースターならでは。
語り手の設定や、ストーリーの展開も意外さがあって新鮮。
最後は、Mr.ボーンの幸せを強く願いながら本を閉じましたが、励まされるのは読者の方なんですね。
これから寒くなると、路上以外に住む所のない人や犬には辛い季節だなぁと哀しくなりました。
淡々と物語は進んでいきます。
★★★☆☆
ポールオースター待望の新作です。「ミスター・ヴァーティゴ」、
「最後の物たちの国で」、「幽霊たち 」と、彼の作品は大好きで
すので、本書もとにかく買ってしまいました。
犬の視点から世界を眺めていきます。物語は淡々と進んでいきま
すが、ポールオースター作 + 柴田元幸訳 の文章が心地いいです。
犬(主人公)にも段々と感情移入してきます。が、寓話的な感じ
が本書にないのが残念でした。ここを一番楽しみにしていたんで
すが・・・「犬がしゃべる最初から寓話」なハズですが、物語が
自然なので、犬がしゃべるのが全然不思議に感じられず、それが
逆に災いした気がします。
ちなみに、”ティンブクトゥ”の意味は、同時に読んでた「富の
未来」によれば、アメリカ人共通の”地の果て”だそうです。
「シューシャンクの空に」の”ジワタネホ”みたいに個人的な思
いで使っていると思っていましたが。
最後のシーンはジーンとしたので、星1つ足して、星3つです。
世界の隅っこでワン(one)を叫んだケモノ
★★★★★
飼い主に先立たれた老犬ボーンズは、その後何度かウィリーとの放浪生活からは想像もつかない「犬的に」豊かな飼い主に出会うのだが、どうしてもそこに居つくことが出来ない。常に主人としてのウィリーに思いを馳せる(ってのも極めて人間が考える犬性に拠る)。その犬的な葛藤が僕にどんどんページを捲らせる。「おいおい、どうしてオマエはそうなっちゃうんだよ?」。。。そして最後のたったの3ページで読者は驚愕の結末に口をあんぐりと開けることになる。オースター作品の中でも最も「想像のつかない」結末だ。
これは、「愛の分配性」についてのお話である。ウィリーは何一つ持たないが故にボーンズを唯一無二のシモベとし、最大の愛を注ぎ、ボーンズはそれに常に応えている。そのシンプルさは美しい。そして主人の死によって、「一般的な人間は多くのモノを所有し、それが故に愛=共に生きる時間を無意識に分配し続けている」という一般性の複雑さに老犬は気付いてしまう(同時に僕らも気付くことになる)。一般論として、豊かさは複雑さとの葛藤であり、その世界ではシンプルな愛の交換は得がたいものなのだ、と。
人間は、あるいは犬は、幸せを最大化するために生きていることが前提であるにも関わらず、豊かな食事も、一定時間的に優しい飼い主も、雨露がしのげる家さえも最大欲求=愛の非分配性をカヴァリッヂできないのだ。
けっきょくは人は他の誰にとっても周辺(fringe)なのだ。隅っこで端っこなのだ。つっか、実は全ての豊かな者は中心であると同時に隅っこなんだろう。そしてそれぞれがその隅っこで愛を叫んでいる。世界の中心で愛を叫ぶことができたのは、お互いを中心として捉えることが出来たボーンズとウィリーだけだったのだ。
その「気付き」のための物語。オースター作品で最も寂しく、哀しく、理解し難い幸福な結末の1冊である。