エロティックで、可笑しく、切なく、美しい小説。
★★★★★
エリクソンの小説としては『黒い時計の旅』『Xのアーチ』に続いて3冊目に読んだ。
この小説は自伝的な記述としか思えないような部分がたくさん含まれていて、ちょっとびっくり。
読みながら、小説としてはどうなんだろう、と一瞬考えてしまう箇所がなかったわけではないが、
そのぶん猛烈にいとおしく思えてくる作品。
記憶を呼び起こしているのか、記憶を喪失していっているのか、どちらともつかないような
不思議な感覚を、エピソードの連鎖のなかにつくりだしている。
読むことがもうほとんどバーチャルなセックスに等しいといってもいいぐらい官能的な記述か、
頭の中で脳みそがひくひく身をよじって笑い転げるような黒い笑いか、
徹底的にそのどちらかに属する文章しかない。その中間とかそういったものが全然ないので、
とにかくページのどこを見てもおもしろくって仕方がない。
「人の鑑」という言葉一つで、いつでも思い出し笑いできそう。
柴田元幸さんの翻訳にはほんとうに驚かされる。原文を見ていないのに驚かされるほどの妙技。
それにしても主人公に著者のイメージが重なって仕方がない。
訳者もあとがきで「今後正義がなされるなら……」という書き方をしているが、
『Xのアーチ』の原書が品切れになっていたりして
ますます危機感が募ります。あんまりだ。
早くエリクソン氏にノーベル賞か何かあげようよ!
心あるみなさん、このレビューを読んだらすぐ購入してください。
最高の作家による、最高に愛すべき小説。
素晴らしい本です。
★★★★★
この本を読んでいると自分が忘れてしまっていた、どこか不安げな過去へと
シンクロしてしまう、そんな場面がとても多くて、でも自分が生きてきたものとは
全く違うけれど、とても感情移入してしまいました。
今生きていることに意味があるのかないのか、すべては機械的に組み上げられた
決まりきった事象なのか、すべては偶然なのか、などなど思わず自分の感情に
浸ってしまいました。
十分に苦しい思いや、楽しい想いなどの経験を重ねてきた方が、それらを
一旦自分の中で昇華させるタイミングで読めばきっと素直に自分に腹に
落ちる言葉たちだと思います。
凄くいい
★★★★★
差し当たり、他の本も全部読むということが決定する。
訳がいいんだろうけど、こういうときに翻訳でしか読めないことが悲しくなる。楽しむためのハードルってどこまで高いんだろう^^;
私小説的とも言えるエリクソン
★★★★☆
エリクソンといえば、『黒い時計の旅』、『Xのアーチ』、『真夜中に海がやってきた』といった歴史や空間を飛び越えるような作品が特徴でしたが、この小説の舞台はほぼLAで、歴史をとびこえるようなアクロバティックな展開もないです。あまり売れない小説家であり映画評論家でもある主人公の一人称で進む話は私小説的な趣もあり、前半の女性遍歴の話のあたりなんかはブコウスキーの小説に近い感覚もあります。
ただ、やむことなく雨が降り続けるLAの街の描写や、主人公がでっち上げた架空の映画『マーラーの死』が徐々に現実のものとして現れ出てくる様子なんかは、エリクソンを語るときによく使われる「幻視力」を感じさせるもので、エリクソンの小説ならではの魅力です。また、「愛」へのこだわりというのもエリクソン作品に共通した部分。以前の作品ほど「運命的」ではありませんが、相変わらず官能的な愛が描かれます。
個人的には『黒い時計の旅』に代表されるスケール感のある作品のほうが好きですが、自伝的な要素も数多く混じっているであろうこの作品は、今までの作品にはなかったエリクソンのユーモアや内面とかを感じさせる作品です。