「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という「雪国」の書き出しは、英語では the train を主語にするという。英語による表記に基づき、絵を書かせると英語話者は飛ぶ鳥が汽車を見下ろしたような絵を書くという。
日本語の原文は、鳥の目ではなく、「私」という虫の目から見た情景とそれに触発された気持ちの表現である。私が歩いていようが汽車に乗っていようが同じだが、歩いてトンネルを抜ける人は普通いないので、汽車にのっていることがおのずから分かる仕掛けになっている。
著者は、鳥の目ならぬ神の目になってしまった英語が世界を支配することを憂慮している。その趣旨には賛成なのだが、神の目ならぬ虫の目で世界を見ることの大事さの論証が弱い。この論証をきちんとしないと、下手をすると、神の目だと世界を支配できるのだから、日本も英語を公用語にしようと言い出す人も出てきそうである。その点で星を一つ減らした。