司馬遼太郎とは違う幕末へのアプローチ
★★★★☆
柳屋小さん治の寄席での宣伝にのって読み始めたが、(小さん治が予告したよりずっと早く)面白くなる。司馬遼太郎の幕末物に慣れていると資料の引用が多いのに戸惑うが、肉声がよく聞こえたような気がした。
全十二巻堂々の復刊 その一
★★★★☆
全十二巻にも及び復刊する大佛次郎の未完の大作の第一巻です。
第一巻では、皇族や公卿達の暮らしぶりや御所での仕来りを紹介し、天保年間から話が始まります。ここで、都市の発展や米から通貨への経済の転換により武家階層が凋落し始め、幕府は蛮社の獄により鎖国政策を維持しながらも衰えを見せ始めます。そして黒船来航を迎え、いよいよ幕府の政権能力のなさが露呈してきます。
読んでみて、ちょっと退屈だったので星3つとしたい所ですが、解説が面白く、特に朝日新聞が他社に対抗すべく期限なし読者を顧慮しないというとんでもない条件で連載を始めた話が良かったので星4つとしました。次巻以降にも期待します。
時代が人を創るのか人が時代を拓くのかを読者に問いかける
★★★★★
『天皇の世紀』は、幕末動乱を経て明治に至る近代日本の歩みを描く大佛次郎の構想が病で未完に終わるが、時代が人を創るのか人が時代を拓くのかという命題を今でも痛切に読者に突きつけて止まぬ歴史大作だ。登場人物は延べ千人を超える。初めて知る人名、事件、民心や時代風潮などが少なくない。正月のテレビ放送で幻の映像化作品を観たが実に見応えあるドラマだった。
原作を読むと、先駆者たちが行きつ戻りつの振幅を繰り返した歴史に直面する。封建社会の閉塞感に抗って非業に倒れた者たちのなんと多いことか!時代の壁を突き崩した奔流となる前の細流の意義に気付く。刹那的な言辞を弄して外国交渉にあたる江戸幕閣の因循姑息。列強と戦火を交える犠牲を払って遅れを自覚し、藩政改革を先導する人材を台頭させた薩摩藩と長州藩。大老暗殺など攘夷運動の旗手となった後に血で血を洗う暗澹たる党派抗争に陥った水戸藩の面妖さ。
天皇の政治価値を理解した大久保一蔵(利通)や胆力ある公卿岩倉具視らが推進した討幕運動の薄氷を踏むような内実を大佛次郎は斬って見せる。新政権の財務を担った三岡八郎が坂本龍馬と共鳴し合った共和立国の志向を、「五箇条のご誓文」草案の「庶民志を遂げ人心をして倦まざらしむるを欲す」の一条に籠めた思いに触れる。一方で、狂乱の廃仏毀釈と浦上切支丹弾圧事件の経緯に言及し、明治新政府の「基督教を以って(国家形成の)第一の障碍」と看做す排外主義ぶりをも解き明かす。
条約開港外の堺港に強制上陸したフランス水兵と港警護の土佐藩兵とが衝突した「堺事件」。発砲した土佐藩士20名の凄惨なハラキリに耐えられなくなった立会人フランス士官が切腹を中止させたとの巷説を耳にした時、革命時に国王夫妻を断頭台に送ったフランス人らしからぬ臆病さに眉を顰めた。本書によれば、遅遅として進まぬ切腹の儀式で帰艦刻限に間に合わぬと悟った士官が死者同数の処断を見届けて退席したのが真相だという。歴史の実相は、白日の下に曝け出されると醜くもまた哀しく映る、新たな驚きに満ち満ちている。
大きな歴史の理論と人間ドラマとの結合体
★★★★☆
明治天皇生誕のころから、明治の初めまでの時代を描いたドキュメンタリーです。著名な人物から庶民まで、当時の記録を良く調べ、言動や行動、その根底にある心理などを書き連ねて、この変動期の歴史を活写している。うまく織ってある長大な織物という感じがする。
大学の日本史概論で学習する基礎的事項が全て抑えられている。例えば商人資本の勃興が武士階級といかにぶつかっていたかなどが、具体的な事件を描きながら臨場感を伴って描かれているところがよい。ドキュメンタリー作家なので当然かもしれないが、この点非常にレベルが高いと思う。
司馬量太郎や津本陽など、歴史小説になれていて、そんな期待をして読むと、ちょっと耐えられないかも。当時の文書の文言がそのまんま載ってたりで、読むのに多少辛抱がいるから。私はその部分は、飛ばしたり斜め読みをした。それでも楽しめるし、全巻通して読まなくても、部分部分読みたいところだけ読んでも良いと思います。