難しい国の難しい人を易しく解説
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クラシック音楽を聴く者にとって、ショスタコーヴィチはエリート・ファンの通過儀礼のような存在である(これとは別に、単なる「ロシア音楽好き」もいる)。ごく普通に名曲・名演を楽しんでいるだけならば、別に素通りして差し支えない。私も30余年クラシック音楽を聴いて来て、最初の数年は交響曲第5番しか知らず、その後も長い間、数曲のレパートリーしかなかったが、不都合は何もなかった。ただ彼に対する憧れのようなものは常にあって、いつか攻略したいと思っていた。とにかく彼の曲はエッジが立っていて、一度聴き慣れると、矢鱈に「カッコいい」のだ。
しかし彼を本当に理解することは至難である(今でも私にはまるでわからない)。交響曲について言うなら、まず音楽が複雑で、19世紀の音楽を愛好する耳には難解である。また作曲家本人が真意を隠蔽しているため、あるはずの政治的なメッセージが見えない。カラヤンが、スターリンの死後すぐに作られた10番しか採り上げなかったのは、誤解される恐れのない曲が他になかったからではないか。カラヤンほどの人ならば、どうせ世間は政治的メッセージと絡めてあれこれ的外れな論評をしたであろうから。
本書は作曲家の生涯を、代表作品の紹介を交えつつ、わずか60ページ余で解説したすばらしい本である。私は数年前に一度読んでいたが、新たに1時間半ほどで読み終え、翌日再読も完了した。この複雑な国の複雑な作曲家を、迅速に理解しようとするなら、今のところ本書に優る本を私は知らない。人名表記が慣例とやや異なるが、恐らくこちらが正しいのだろう。読みやすく、要領よくまとまっていて、好感が持てる。私は作曲家の運動神経病について興味があって、そのことが一切触れられていないことを不満には思ったが、普通そんなことは問題にならない。ただ1950年代後半の「スランプ」はこの病気と無縁ではないはずだ、と思う。