リデルハートに関する著作は日本でも翻訳の形でかなり広く紹介されており、彼が唱道した「間接的アプローチ戦略」がヨーロッパ各国の陸軍(特にドイツ陸軍)に与えたと一般に思われている影響についても、戦史に興味を持つ読者にとっては常識になっていると思われる。しかし、この本の最大の特徴は、抄訳の後に掲載されている専門家による解説論文にある。 石津氏の「リデルハートは、冷徹な戦史の分析から間接的アプローチを生み出したのではなく、第一次世界大戦での空前絶後の悲惨な西部戦線における塹壕戦を回避することを第一義的な使命と考え、歴史上の事例からいわば都合の良い部分をつなぎ合わせた結果できあがったものである」と言う主張はまさに正鵠を射ている。また、ヨーロッパの軍事思想にヨーロッパで接する機会のない読者にとって、石津氏の解説論文は「等身大」のリデルハートに触れる貴重な機会を与え、まさにイントロダクションとして最適であると思われる。
「戦略論」におけるリデルハートの主要テーマである「戦争における政治的目的と軍事的手段との関係」、あるいは「大戦略」という概念は、現在においてもその有効性は衰えておらず、20世紀の各国政治・軍事指導者に与えた影響は極めて広範であり 他の同時代の戦略家の追随を許さないので、戦争を学問として勉強しようという読者にとっては、この本は必読書である。なお、ヨーロッパでの軍事思想をさらに深く研究しようとする読者は、石津氏が主張するように、クラウゼヴィッツ、またはイギリスのJ.F.C.フラーの著作との併読を勧めます。