慶応を出て商社・出版社と転職し、流れ流れて料理屋の下足番へ。西行にあこがれたそうだが、母親に西行は山の中にいても荘園からの上がりはたくさんあったと非難される。
もともと、そんなに裕福でない家庭から無理して大学を出してもらったのに、料理屋の下足番に満足している息子に母親は満足できなかったのだろう。
彼は資本主義における金儲け主義が気に入らず、反体制主義者だ。だからといって、特別なことをするわけではなく、日々の仕事を坦々とこなす。
僕は世捨人になるほどの勇気はないから、仕事にしがみつき今の生活を何とかよくしようと悪戦苦闘しているわけだが、彼の考えもわかる。深いプールの真ん中で手足をばたばたさせている僕の隣で、車谷は何もせず浮いている。どうしてそんなにあせってバタバタしているんだい、何もしなくってももともと何も持たずに来て、何も持たずに行くだけなんだよと彼にいわれているような気がした。