ストイックなティベリウスとマスコットのカリグラ
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文庫第18弾は、二代皇帝ティベリウスの晩年と、その後を継いだ三代皇帝カリグラの治世を描く。
初代皇帝アウグストゥスの妻の連れ子かつ名門クラウディウス一門の男子というわけで、幼少時から『ローマ人の物語』シリーズに登場してきたティベリウス。
一方カリグラとはいえば、幼少時に登場したものの、その治世たるやわずか4年、文庫の半分で終わってしまう儚くも情けない生涯であった。
まずはティベリウスの老年である。人気取りに奔走せず、着実に堅実に大帝国を運営統治し、的確な人事も手伝って、
よく機能する帝国運営システムを構築したティベリウス。市民のご機嫌取りはしないし、出費も抑えるし、
ついにはローマを捨てカプリ島に隠遁しつつ遠隔統治するしで人気はないのだが、かといって暴君であるわけでもなく、
時代はまあ平和に過ぎていた。だが晩年になって、ティベリウスは自分に憎悪を燃やすアグリッピーナ一派を失脚させ、
まさにその行為をやってくれたセイアヌスを排除、その一派まで粛清の対象になってしまう。人気はなくとも酷い行為はなかったティベリウスが、
ここにきて冷酷な暴君に変貌したかのごとくである。ただティベリウスも、愛した妻の強制離縁、好みでない奔放な女ユリアとの強制結婚、無能な元老院、
息子の死、「中継ぎ」でしかない自分の帝位、ゲルマニア戦役をめぐってのアウグストゥスとの対立などで相当鬱憤をためていたのかもしれない。
その跡継ぎカリグラは、軍団でかわいがられ、親に同行して各地を周遊した経験も持つ若者だった。
人気取りをやらなかったティベリウスへの反動か、カリグラはとにかく人気優先、市民に嫌われないことこそを求めた。
経費のかかりすぎる大事業を乱発、自らをカエサルやアウグストゥスのような「神君」以上の神になぞらえ、
妹まで神格化。ティベリウスがためこんだ黒字は即刻すっからかんになり、カリグラは暴走していく。
人々を恐怖に陥れる暴君と違って、カリグラは思うがままにやりすぎて周囲の人が頭を抱える、そんなタイプだったのではないか。
短い治世の間にさんざ問題を起こして去ったカリグラは、なんとも力の抜ける皇帝で、塩野氏いうところの「微苦笑」を誘われる。
名君ティベリウスと暗愚なカリグラ
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「カエサルが企画しアウグストゥスが構築した」帝政を確固たるものにしたティベリウス。その死後、皇帝の地位を引き継いだカリグラは、後世、愚帝と評されますが、決して賢くなかった訳ではなく、ティベリウス(とその施策)の不人気の理由を正確に理解し、その反対の(つまり人気を得るための)施策を次々と行います。そして幸か不幸か、それを実現するだけの安定した国家体制と健全な国家財政が残されていました。
廃税、剣闘士試合、戦車競争、海上を馬で渡るというパフォーマンス。財政は破綻し、神君アウグストゥスが使った家具調度品まで競りにかける始末。さらにカリグラは暴走し、先帝たちも望まなかった「神」になることを求めます。そして、暗殺。
「政治とは何かがわかっていない若者が政治をせざるを得ない立場に就いてしまった」不幸。
皇帝就任にあたってゲルマニクスの子供というだけで手放しで喜んだ市民、何の実績もない若者に軍事・政治の全権と「国家の父」の称号まで与えた元老院。彼らはたった2年で手のひらを返すようにカリグラを見放します。カリグラ自身が行った政治のポピュリズムと彼をもてはやした衆愚政治。現代日本にも十分あてはまる示唆を与えてくれているように思います。
ちなみに、本書後半で触れられているユダヤ社会とローマ、ギリシャとの関係についての考察は、ユダヤの特性を理解するのに大変役に立ちます。
普通の才覚が権力を握ることの不幸
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二代目ティベリウスによる、ストイックなまでの政治と死ぬまで庶民の人気取りや評判を全くもって気にしなかった性格、そして自分がやるべき事を正確すぎるほどに把握していた言動。その後、全てが揃った状態で第三代皇帝となるカリグラのあまりの平凡さが目立つ。
国庫にたまった莫大な貯金をたった一年で空っぽにしてしまう奔放なサービス。先代が市民に不評だったことを自分は避けたいという気持ちが彼を逸らせる。
権力の全てを手中にして自分がいかに振舞えるか・・・自ら築き上げたものと、譲られたものでは権力の使い方が大きく違う。
ユダヤ人に対しての考察も見逃せない。キリストへの対処の仕方で後のローマ帝国の基盤が変わっていく。そしてユダヤ人の特殊性や今まで平穏であった各地の属州からも不穏な空気が流れだす。
権力を使うか溺れるか・・・公人と私人のバランスをいかにとるか・・・考えさせられる巻だ
ちっちゃな軍靴=カリグラを愛した兵士
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歴史上、皇帝カリグラは暴虐の果てに近衛軍団に見放され、報奨金目当てに暗殺されたことになっている。
しかし作者は詳細な研究により、暗殺を実行した近衛軍団大隊長ケレアが、カリグラの父ゲルマニクスの忠臣であり、カリグラを幼少期からまじかに見続けていた人物であったことを突き止め、そこから大胆な推理を働かせている。
そしてその推理は、皇帝暗殺という大罪を実行したケレアとその同士サビヌスの以後の行動~従容とした死罪の甘受と近衛軍団の皇帝への服従~を説明するのに最も妥当なものであり、ケレアはカリグラを最も愛した者であったからこそ、自らの命を投げ出して暴君と化したカリグラを処断したのだ。
作者自らが述べているように、推測は推測でしかないが、歴史を血の通った人々の営みとして看破する作者の技量に感服せざるを得ない。
現代への警鐘
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ただの気の狂った皇帝かと思っていたカリグラですが、塩野七生の手によって頭の良かった、しかし若くして権力を手にしたため人気取りに走ってしまい、失敗した「一人の人間」が鮮やかに描き出されています。
国家のリーダーが民主的な手段によって選ばれるようになった現代、カリグラのような人に国家の舵取りが任せられる危険性が大いにあるのでは、と考えさせられます。
また、もし選挙が行われたとしたらティベリウスは間違いなく落選していただろうという著者の言、民主主義の良し悪しについて改めて考える契機ともなりました。
水羊羹書店
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ティベリウスの晩年から、カリグラが皇帝に即位し、4年足らずの統治ののちに暗殺されるまでが語られています。典型的な暴君とみなされることも多いカリグラですが、もちろん塩野さんの評価はそんな単純なものではありません。彼の皇帝としての行動の数々、先帝ティベリウスから引き継いだシステムの中で変えたもの・変えなかったもの、これらを、その動機・もたらされた結果・後世の評価の適不適などから考察し、カリグラの真の姿に迫っていきます。そこには狂気じみたモンスターではなく、まだ20代の未熟な、政治というものを全く知らない、現代にもいそうな若者の姿が見えてくることでしょう。
ジン書店mark7
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読了。サブタイトルは「悪名高き皇帝たち 2」。2代目皇帝・ティベリウスの実務能力は素晴らしいものだった。しかし庶民とは貪欲なもので、生活が安定しただけでは満足しない。3代目に即位した若く大衆寄りのカリグラを人々は熱狂して迎える。だが―。実務能力は統治者に欠かせないもの。でも人気取りには人気取りの意味もあるわけで。ローマ帝国の歴史から日本の政治や行政について考えてみるのも良いのではないでしょうか。28巻まで発売中。