「日常」の陰の「非日常」「宿命」
★★★★★
この物語の主人公である(かつ居酒屋の名前でもある)「兆冶」は
山口瞳が愛用していた店「文蔵」をモデルとしており、そのためか
他の作品では主人公の描写で多々見られるアイロニー(江分利満の描写
をみればよく分かる)はややなりをひそめ、それとうってかわって
山口のもう一つの身上である「悲哀」と「愛情」が一見すればそっけ
ない文の行間からそこかしこに見え隠れしている。物語の縦糸となる
のは兆冶と幼馴染の「ファム・ファタル(不幸の女)」である「さよ」との
恋物語だが、それは決して前面にでしゃばることなく、あくまでも
「横糸」としての国立の人間模様に変化をあたえる役割だけを
果てしており、通俗的なストーリーに陥っていないので好感がもてるだろう。