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ローマ人の物語 (12) 迷走する帝国

価格: ¥3,024
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
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『ローマ人の物語』全15巻中の第12巻である本書では、211年から284年までの ★★★★★
 『ローマ人の物語』全15巻中の第12巻である本書では、211年から284年までの時代が扱われる。この73年間は、のちに「3世紀の危機」と呼ばれるように、皇帝が捕虜にされ、帝国は3分され、防衛線が次々と蛮族に破られる悲惨な時代であった。著者は、「なぜローマ帝国は『3世紀の危機』を迎えるに至ったのか」という問題意識を底流に置きながら、物語を叙述していく。
 
 まず、「3世紀の危機」に至った内的要因として、今まで「ローマ」を「ローマ」たらしめ、繁栄と平和を享受させていた諸条件が転換していったことが挙げられる。
 
 その1点目は、政局が不安定になり、政策の継続性を担保できなくなったことだ。これまでのローマは、政策の継続性を担保することで、持てる力を合理的に利用していた。しかしながら、211年から284年までの73年間では皇帝が22人も目まぐるしく変わり、政策の継続性を阻害している。
 
 2点目は、カラカラ帝の「アントニヌス勅令」によりローマ市民権を全員に与えたことで、ローマ市民権が獲得可能な”取得権”ではなく、”既得権”となったことだ。ローマ市民権が”取得権”であったからこそ、属州民がローマ市民権を取得するインセンティブが働き、帝国全土からローマの統治階級に優秀な人材が供給されていた。また、階級間の流動性も確保されていた。しかし、ローマ市民権が全員に与えられるようになったことで、名目上全員平等になったが、実質的な階級間の流動性が無くなり、階級格差が固定され、優秀な人材も統治階級に輩出されなくなった。
 
 3点目は、ガリエヌス帝が立案した法律が、軍隊と元老院の人材を完全に分離したことだ。その結果、ローマの統治階級に軍事と政治の両方を熟知するリベラリストが輩出されなくなった。これまでのローマは、政治を執行する元老院階級のキャリアとして、軍隊経験が義務付けられており、大帝国を統治する軍事と政治の両輪を実地で学ぶことができた。しかし、それらが完全分離されたことで、帝国を運営するに足るオールラウンドなキャリアを持つ人物が生まれにくくなった。
 
 また、外的要因として、ローマ帝国と接する蛮族の性質が変化したことがある。今までローマ国境と接していた「近蛮族」は、ローマと商業・文化の面で交流があり、定住しながらローマ帝国とwin-winの関係を築くことが可能であった。そのため、ローマ帝国にとって、扱いが比較的簡単な蛮族であった。しかし、「近蛮族」は、狩猟を主とし、略奪行為を繰り返す「遠蛮族」の南下により制圧、併合され、ローマと共存することが難しい「遠蛮族」とローマが国境を接するようになった。
 
 蛮族の性質の変化により、蛮族がローマ帝国に侵入、略奪を繰り返すようになり、農村が荒廃することで、帝国の経済力は低下した。経済力の低下は、軍事費の増加と、アントニヌス勅令による属州税の消滅がもたらす財政逼迫、それへの対策としての貨幣価値切り下げと重なった。そのため、帝国は景気の後退とインフレが同時におこるスタグフレーションの状態へ突入していった。

 また、蛮族の侵入への対応策として、軍隊がこれまでの国境線に配備される重層歩兵中心の基地駐屯型の軍隊から、帝国内部に待機し、侵入に対応できる騎兵中心の機動的部隊型の軍隊へと改編された。それにより、侵入に対する場当たり的な対処は可能とはなったが、国境線に配備された基地の弱体化を招き、国境線でシステマティックに安全を保障するという、恒久的な解決の障害となる解決法であった。
 
 このように帝国が衰退していく中で、未来での生を保証し、希望を与えることができるキリスト教が、次第にローマ帝国に跋扈していく。
ローマ人の物語12ー迷走の行く末 ★★★★☆
十数年前に始まったローマ人の物語が遂に大団円を迎えようとしています。その予感を感じさせる内容となっています。塩野七生さんもかなり迷走しながら今まで走ってきたと思います。しかし遂にその行く末が見えた、あるいはその結末を書く覚悟が出来たのではないでしょうか。
ローマ時代というと大掛かりで大層な歴史と敬遠する方が多いと思いますが、これはそのまま日本のこれからのあり方を示していると思います。ここまで走ってこられた塩野さんの脚力(腕力?)に賞賛を送ります。
実力主義について ★★★★★
既に多くのレビュアーの方が本書について論評されているので、私がさらに付け加えることはもうほとんどないのだが、あえて書かせてもらうと、本書においても優れたリーダー論が展開されていることに注目してほしい。リーダーに求められる資質とは何ぞや、が本シリーズを通してのテーマの一つと考えるのであるが、本書で最も私の注目を引いたのは「実力主義とは、昨日まで自分と同格であった者が、今日からは自分に命令する立場に立つ、ということでもある。」の一文である。実力主義の定義としてこれほど私に納得のゆくものはない。実力主義を標榜するわが社・部門で起こっていることはまさにその通りです。そうはわかっていても、現実を理性だけで受けとめるのは難しいもの。作者は皇帝アウレリアヌス、プロブスの悲劇の原因を部下との距離が近づきすぎたからだと喝破します。かといって、距離をとりすぎると、親近感を欠きすぎることになり、本書からは離れますが、皇帝ティベリウスのような不人気を招く。とかく、組織・リーダーの健全なあり方は難しいものです。組織のあり方としては、カラカラ帝のアントニヌス勅令が、悪平等を生み出し、それまでの階層はあるけれども実力で上昇可能なピラミッド型の組織から、階層が固定された社会に変貌し、ひいてはローマ人らしさをなくす原因になったとする指摘は、私がこれまで考えもしなかったものだけに、その指摘の鋭さに感服します。

本書は軍人皇帝の時代を中心に、混乱に満ちた、古代ローマ史ファンにとっては苦痛の時代、おそらく誰にとっても登場人物が多すぎて読むのが大変な時代を扱っていますが、作者は上記のように、リーダー・組織のあり方についての意識をベースにこの時代を簡潔にまとめており(簡潔すぎる感じもちょっとしますが)、その努力に対して星5つを献呈したいと思います。
カラカラ帝 ★★★★★
今回はカラカラ帝が一番印象的でした。
カラカラ帝によるアントニヌス勅令。
これによるローマ市民権の取得権から既得権への方向転換。
どうやら、著者はこの権がローマが衰退に向かった最大の
原因であると考えている様子が伺えます。

一見、問題がないように見える権利の平等、既得権化が
ローマを弱くして行く。

ローマを支えていたのは富裕層による道路などのインフラの提供、
一般市民による軍団への参加、血の税金による公共心ということを
えてみればこれ以降はローマ市民権は名誉の印とはなりませんから、
公共心を喚起する力はなくなります。
人間は自分自身は公共体にとって相対的に特別な存在であるという
認識が公共心をもつことになるのは当然ですから、
人間の心理からみても納得できる論です。
そのことは逆に公共体から別に特別な扱いをされていないことを
考えてみればわかります。そのような人たちがその共同体を
強く大切にしたいとは考えないでしょう。

現代では民主主義というものは私は疑いなく良いものだ
という認識がありましたが、ニートとかフリータとか、
どうみても公共心が薄い人たちが現在に発生していることを考えると、
この本は平等な既得権というものは本当に無邪気に良いものだと考えて
いいものか?という疑問を私の心に浮かばせたとても印象的な
一冊となりました.
皇帝もツライよ・・・ ★★★★★
3世紀70数年間のローマ帝国を描く。この間に擁立された皇帝は22人(!)。その大部分が謀殺という形で任期を終わった、という。残りも戦死、疫病死、虜囚の末の獄死と、一人を除いてまともな死に方をした皇帝がいない(“まともな死にかたをした”という一人は75歳という超高齢で就任し、遠征途中に老衰で死んでいる)。皇帝が終身制であったため皇帝に対する不信任は謀殺という形をとって行われたというのだ。中国の皇帝たちや後代の欧州の王政と比較した場合のローマ帝国の特異な点といえよう。しかもこの皇帝たち、就任したからといって首都ローマで贅沢におぼれる余裕もなく、各地の蛮族の侵入や、隣国との争いに明け暮れ、まさに東西奔走している。その挙句に失敗は死をもって購われたというのだ。皇帝もツライよ・・・。また必ずしも世襲でなかった点も特徴としてあげられるだろう。
著者はこの皇帝が次々と代わることによる政策の非継続性が、その後の国力減退の要因のひとつだと、論じる。またローマがローマであった特色を失わせるような施策、たとえばローマ市民と非市民の区別をなくす(カラカラ帝)、元老院と軍事の分離もあげている。
いよいよ帝国が変容・斜陽化していく姿(とはいえこの後、帝国は百年超保っているが)を読み取っていきたい。