マノンは、デ・グリューを愛しているにも関わらず金がなくなると、金持ちの男に走ってしまいます。贅沢な生活に憧れる女性の典型と言えるでしょう。小悪魔のようなマノンではあるけれど、不思議なことに、彼女の描写に肉体的特徴が欠落しているのは、修道士プレヴォーの一面を覗かせている。
「椿姫」同様の泥臭い仏文学であるが、僕は仏文学的な<愛>の表現はとても好きです。またこの書物は「椿姫」を深く読み解くのに重要な一冊です。
1731年にこんな作品が書かれているというのだから、フランス文学恐るべし。静謐で順風な人生に、情熱が侵入してくるというのは、西洋文学の伝統的な手法だが、それにしても主人公シュヴァリエ・デ・グリューのひたむきな情熱と愚かさは並ではない。それでこそマノンの存在が生きてくるというもの。それにしてもよくマノンのような登場人物を設けたものだ。作者のアベ・プレヴォは修道士だったというから驚く。
何度も何度も、ほとんど罪の意識など感じていないだろうと思うぐらい、気軽にシュヴァリエを裏切るマノン。それでも許さざるを得ないシュヴァリエ。マノンが裏切る理由が経済にもとづいているのも興味を引く。ドライサーの「シスター・キャリー」、あるいは菊池寛の「真珠夫人」など、古今東西を問わず、優れた小説家は恋愛と経済の問題をないがしろにしない。