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ハイヒールと人間マットと蟲男(下): メタモルフォーシス

価格: ¥0
カテゴリ: Kindle版
ブランド: 光英出版
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【内容紹介】


(あらすじ)
メタモルフォーシス(人間から物や他の生命に変身し、女性から靴で踏まれ続ける異端メルヘン) カイチロウへの義理から、清掃派遣会社をクビになったシゲルだったが、プライベートでは、婦人靴会社で女性社員たちから虐待されるタザキと親交を深める。また、女性アイドルグループの映画のエキストラの仕事で、複雑な過去を背負った美少女ミルクと知り合い、彼女から優しくされたことで、シゲルは生れてはじめて人の情を知る。撮影とはいえ、ブーツでシゲルの顔を踏むことをためらうミルクたちアイドルグループ。しかし、シゲルの説得で、しぶしぶ、彼女たちはそれに応じる。シゲルはそのことで顔に大ケガをするが、彼はミルクの役に立てたことがうれしかった。と同時に、ミルクのシアワセを祈るシゲルだったが、彼女を不幸にする原因にたいし、命を投げ出す覚悟をした。


(内容より一部抜粋)


どこを踏もうかと考えていた少女は、鼻に狙いをさだめた。ブーツの本底を鼻に軽くあて、靴底のギザギザで鼻先をこする。体重はまったくかかっていない。少女は、じらすようにして、いつまでも踏まない。それが逆にシゲルには残酷だった。死刑執行の日を、当日まで知らされない死刑囚の心情だった。少女の気まぐれで、シゲルの鼻は踏み潰されるのだ。少女の目に衝動の光が宿り、シゲルの鼻は形を失った。痛みより鼻の骨が折れた感覚が先だった。少女はそのまま鼻に重心を集める。それから、踏んでないほうのブーツを高々とあげ、鼻に全体重がかかっていることをアピールする。ブーツの下で鼻の形は完全に消えている。血が口に入る。血の味がする。たぶん鼻は鼻血で血まみれなのだろう。窒息感の中で、かろうじてまだある意識につかまる。

その足もとに跪き、彼女のハイヒールに唇でふれるタザキ。美しい外国映画のワンシーンのようだった。窓辺から射し込んだ光で、ふたりのいるところだけが明るい日だまりになっている。そこだけが永遠に時間がとまっているようだった。さっきまで、あれほど残酷に見えた桜子の表情が、いつのまにか、優しくほどけている。それどころか、子供を見る母親の目になっている。それを、女の色気と美香は見る。タザキは桜子の両方のハイヒールの靴底を舐め終えると、疲れたらしく、彼女の足もとで、うつ伏せになった。桜子はそんなタザキの姿をいとおしそうにながめている。それから、ゆっくりと、桜子は立ちあがった。

パンプスのヒールが頬に食い込む。もし、顔に傷がついたら、と思った。ミルクのブーツでつけられた顔の傷がべつの傷で消えたら生きてはいけない。体をおこそうとした。背中を誰かが踏んでいる。複数の女性のパンプスで背中を踏まれている。踏まれている重みの感覚がない。涙があふれる。床がぬれる。それにもかかわらず、顔を片足で踏んでいた女性が、シゲルの横顔の上で、両足のパンプスをそろえる。パンプスの鋭利な靴底模様を頬の皮膚に感じ、顔はさらに床に押し潰される。床と一体化してしまった錯覚がする。